カンボジア国旗は、上・下が青、中央が赤の水平三帯で、帯の幅比は 1:2:1(青:赤:青)。国旗の公式比率は 16:25(実務では 2:3 も広く用いられる)です。赤帯の中央には、アンコール・ワットの白いシルエットが配置され、通常は三塔(three-towered depiction)として表現されます。公的な説明では寺院のシルエットに黒の輪郭線が付される表記が採られています。配色の一般的解釈は、青=王室、赤=国家(勇気・団結)、白=宗教(徳・純潔)。このデザインは1948年に初採用され、内戦と国連暫定統治を経て1993年の王政復古で再採用され、現在に至ります。
国旗の歴史的背景と成り立ち
1993年(王政復古)
国連暫定統治(UNTAC)期の選挙を経て王制が復活すると、カンボジアは1948年制定の「青‐赤‐青(1:2:1)に白いアンコール・ワット」の国旗を正式に再採用した。以後このデザインが現在まで続き、王室(青)・国家(赤)・宗教/徳(白)という象徴解釈も併せて継承されている。
1992〜1993年(移行期)
パリ和平協定に基づく移行政権下では、国内では「カンボジア国(State of Cambodia)」の旗が、国連の場や一部の国際的掲示ではUNTAC旗が併用された。最終的に1993年9月、王政復古と同時に1948年旗へ戻される。
1989〜1993年(カンボジア国)
ベトナム軍撤退と体制転換を受け、上下を赤と青に二分し中央に黄色の五塔アンコール・ワットを配した旗が制定された。これはそれまでの全面赤地から青を復活させた点に特徴があり、五塔の寺院図はしばしば黒線で細部が描写された。
1979〜1989年(カンプチア人民共和国)
ポル・ポト政権崩壊後の社会主義政権下では、赤地に黄色の五塔アンコール・ワットの旗が用いられた。配色は社会主義諸国に典型的な赤×黄だが、寺院モチーフを保った点はカンボジア的連続性を示す。
1976〜1979年(民主カンプチア)
クメール・ルージュ体制の国旗は、赤地中央に三塔の「記念碑(アンコール・ワットを想起させる意匠)」を黄色で表す極度に単純化された図案だった。憲法文言では寺院名を明言せず「記念碑」とのみ記され、政治理念に沿った抽象化が図られた。
1970〜1975年(クメール共和国)
シハヌーク追放後の共和政では、青地に赤いカントン(左上)を置き、その中に白いアンコール・ワット、さらに青地の右上(フライ側)に白い三つ星を配した独自旗を採用した。王国期の青と赤を保ちつつ、共和制の新体制を示す構図に再編したものである。
1948〜1970年(王国期の初代現行旗)
フランス保護国末期から独立・王国期にかけて、現在と同じ「青‐赤‐青(赤帯2倍)+白いアンコール・ワット」の旗が最初に制定された。のちの再採用(1993年)で国旗の“原型”としての地位が確立する。
19世紀後半〜1948年(保護国期の旗)
フランス保護国時代には、赤地中央に白いアンコール・ワットという、より単純化された意匠が使われ、寺院モチーフが国家の標章として連続的に用いられてきた土台をつくった。
国情報
| 正式名称 | カンボジア王国 |
|---|---|
| 首都 | プノンペン |
| 最大都市 | プノンペン |
| 公用語 | クメール語(カンボジア語) |
| 面積 | 181,035平方km |
| 人口 | 16,718,971人 |
| GDP(一人あたり) | 1,512ドル |
| 独立 | 1953年11月9日 |
| ccTLD | .kh |
| 国際電話番号 | 855 |

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